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東京地方裁判所 昭和58年(タ)341号 判決 1983年12月16日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 有賀功

被告 A

右訴訟代理人弁護士 古波倉正偉

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  原・被告間の長女B子(昭和五〇年一一月一六日生)の親権者を原告と定める。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は日本国籍を有する者であるが、乙山竹夫の二女として出生し、その後甲野松夫、同松子の養女となった。そして、私立D高校を卒業後E短期大学に入学、昭和四六年に同校を卒業し、同年四月から翌四七年三月まで岩手県F商業高校の保健体育の教師として勤務した後、同年四月に上京し、翌五月ころから東京都《番地省略》にあるGヘルスクラブにスポーツトレーナーとして勤務していた。

2  被告はチリ共和国の国籍を有する者であるが、同国のコンセプション市テクニック大学の建築学科助手であった昭和四八年に日本政府招待の留学生として来日した。

3  原告と被告とは、昭和四九年三月、原告が勤務していた前記ヘルスクラブの体操教室に被告が入室したことから知り合うようになり、暫時の交際期間を経て同年七月二七日婚姻届を了した夫婦である。そして、翌日東京都新宿区四谷の聖イグナシオン教会で結婚式を挙げ、被告が当時居住していた同区《番地省略》所在のHセンターで同居生活を開始した。

4  原告と被告は、昭和四九年九月にチリに帰国し、被告はコンセプション市のテクニック大学建築学科の助教授として勤務することとなった。原告と被告は、同人の親兄弟と同一の建物内に居住することになったが、原告は言葉も被告と知り合ってから学び始めたので、当時は良く理解できない状態であり、風俗も習慣も異なる異郷の地で苦労の多い日々を被告との生活を唯一の拠所として懸命に暮していた。

5  昭和五〇年一一月一六日、原・被告間に長女B子(以下「長女B子」という。)が出生し、同五二年には被告は自分の建築事務所を開設するようになり、経済的にも多少の余裕ができ、原告もこの先幸せな夫婦生活が送れるものと期待したのであるが、その頃から被告の外泊が多くなってきた。

6  昭和五四年三月、突然被告は原告に里帰りを強く勧めたので、原告も長女B子を実家の親達に会わせようと考え、同月同女を連れて日本に帰国し、北海道の親元で寛いでいたところ、被告から「僕は君とは一諸に生活しない。」という趣旨の手紙が届いた。しかし、右手紙には何の理由も記載されていなかったので、原告は被告の真意を尋ねるため何度も同人に電話連絡をとろうとしたが連絡がとれなかったため、同年五月一日急きょチリに戻った。

7  ところが、被告は飛行場に出迎えには来たものの、原告に対し、家に帰って来るな、他にアパートを借りて住むようにと言うのみで、その理由も告げず、話合いも避けて立去ってしまった。

8  しかし、原告は、従来居住していた被告の親兄弟の家の他には行くところもないので、同所に居住し続けたが、被告はそこに全く帰宅せず、以後原告と被告は別居状態となっている。

9  そして、被告は原・被告間の婚姻生活のためにそろえた家財道具を持ち出したり、車のナンバープレートを外して原告が使用できないようにしたこともあった。

10  原告は、チリに持ってきた持参金を被告との共同生活で使い果たしてしまっていたので、当時は無一文の状態であった上、被告が毎月の生活費を入れないので、カトリック大学の時間講師をしたり、時々入る通訳の仕事などをしてなんとか生活をやりくりし、長女B子と二人で被告の戻って来るのを待ち望んでいた。

11  しかし、その後被告には原告と結婚する以前からC子(以下「C子」という。)という女性と関係があったこと、被告は原告との別居後C子と同棲していること、しかも被告と同女との間には二人の子供がいること、被告が取得した土地、家屋等の財産はすべてC子の名義となっていることが明らかになった。

12  そこで、原告は、被告との離婚を求めるものであるが、法例一六条によれば、本来外国人との間における離婚の準拠法は夫の本国法と規定されているのであるから、本件においてはチリ共和国の法律によるべきところ、同国の法律は離婚を認めず、単に五年を超えない一時的な離婚又は永続的別居を定めるに止まるものであるが、本件における原告は日本国民であって、被告と婚姻する以前から日本に居住・生活しており、また被告も原告と婚姻する以前日本に居住し、日本で夫婦共同の生活を営んでいたことがある上、原告は被告から長期間にわたって不貞の行為をはたらかれたばかりでなく、五年もの期間故意に遺棄されているのであって、かかる場合にまで夫の本国法を適用して一時的な共同生活の停止または永続的な別居のみしか認めないとするのは、我が国の公の秩序、善良な風俗に反するものというべきである。

よって、本件においては法例三〇条を適用し、チリ共和国の法律を排斥し、我が国の民法を適用すべきであり、前記被告の行為は民法七七〇条一項一号、二号及び五号に該当し、既に破綻した原・被告間の婚姻関係は継続し得ないことが明白であるので、本件離婚の請求に及ぶものである。

また、原・被告間の長女B子は原告と一諸に日本に帰国し、日本の小学校に通っており、一方被告は右長女に対して愛情を示さず、全く扶養料も支払わないなど父としての義務も尽さないのであるから、長女B子の親権者を原告と指定されることを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第1項ないし第6項、第8項及び第11項の事実は認める。同第7項及び第9項の事実は否認し、第10項の事実は知らない。

同第12項は争う。但し、原告が離婚を求めるに際し、また、将来にわたっても財産分与、慰藉料等の要求をしないのであれば、離婚に応ずる用意がある。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると請求原因第1項ないし第11項の各事実が認められるほか、被告とC子との間の二人の子はいずれも原・被告間の別居中に出生したものであること、被告は昭和五八年四月に長女B子を連れてチリから日本に帰国したが、これは親子二人のチリでの生活が苦しく、また長女B子があまり成長すると同女が日本での生活になじめなくなるおそれがあったためであること、同女は現在原告と共に北海道函館市において生活し、日本の小学校に仮入学して通学していること、被告は同女に対して特別の愛情を示したことがなく、原・被告間で、長女B子の養育は原告が責任を持って行うとする旨の合意がなされたことがあること、被告は同女の扶養料を支払ったことがないこと、原告はテニスクラブでコーチのアルバイトをして生計を立てているところ、今後とも長女B子を養育し、いずれ同女に日本国籍を取得させることを考えていること、被告は現在チリにおいて居住しているところ、原告が財産分与等財産的要求をしないのであれば、同女との離婚には応ずる意向を持っており、原告も被告に対して離婚に伴う財産分与を請求する意図はないことの各事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  本件は日本に居住する同国民たる原告が、チリ共和国に居住する同国民たる被告に対し離婚請求をするものであるところ、我が国の裁判所がいわゆる国際的裁判管轄権を有するか否かにつき判断するに、離婚の国際的裁判管轄権の有無を決定するに当たっても、被告の応訴の機会を保証するため、一般に被告の住所が我が国にあることを原則とすべきであるが、本件は被告が異議なく応訴しているものであるから、我が国に国際的裁判管轄権が存する。

また、当庁にいわゆる国内的裁判管轄権が存するか否かについては、前認定のとおり、原告と被告は東京都新宿区市谷に我が国内における最後の共通の住所を有していたところ、現在、原告は北海道函館市に、被告はチリ共和国内にそれぞれ住所を有しているのであるから、人事訴訟手続法一条一項により原告又は被告が普通裁判籍を有する地の地方裁判所の管轄に専属するのであるが、同条二項によれば被告の普通裁判籍が東京都内にあるから、結局当庁は本件について専属管轄権を有する。

三  法例一六条によれば、本件離婚の準拠法は、その原因事実発生当時における夫たる被告の本国法、すなわち、チリ共和国の法律によるべきところ、西暦一八八四年一月一〇日施行の同国婚姻法は婚姻解消の効果を伴う離婚を認めず、同法における離婚は夫と妻の共同生活を停止する効力を有するにすぎず、前認定の本件原・被告間の婚姻関係の実情は、同法二一条一号、七号及び八号に定める離婚原因に該当するものの、右七号及び八号の理由をもってしては、期間五年を超え得ない一時的な離婚(夫と妻の共同生活の停止)を、右一号の理由をもってしても永久的な離婚(婚姻解消までは認めない夫と妻の永久的な共同生活の停止)を宣言しうるに止まるものと解される(同法一九条、二〇条、二二条、二三条)。しかしながら、本件においては、妻たる原告は日本国民であって、被告と婚姻中の昭和四九年九月から同五八年四月までの間を除き日本に居住しており、また、原告は夫たる被告から不貞行為をはたらかれた上、悪意をもって遺棄されているのであるから、かかる場合においても、なお夫の本国法であるチリ共和国の法律を適用して、婚姻の解消自体は認めず、単に夫婦の共同生活の停止を認めるに止めるとすることは、我が国における公の秩序・善良の風俗に反するものといわざるを得ない。したがって、本件においては、法例三〇条により前記チリ共和国の法律の適用を排斥し、法廷地法である我が国の民法を適用すべきものと解するのが相当である。

そして、前認定の事実によれば、被告の右行為は日本民法七七〇条一項一号及び二号に該当するとともに、原・被告間の婚姻関係は既に破綻し、その回復が期待できないことは明らかであって、同条一項五号にも該当するものというべきであるから、原告の本訴離婚の請求は理由がある。

四  次に、離婚に伴う親権者の指定は、離婚に際し必らず処理されるべき事柄で離婚に付随する問題であるから離婚の準拠法に従うものと解するのが相当であり、したがって、本件における親権者の指定についても日本民法が適用される。

そして、前認定の諸事実によれば、原・被告間の長女B子の親権者は原告と定めるのが相当である。

五  よって、原告の本訴離婚請求は理由があるからこれを認容し、原・被告間の長女B子の親権者を原告と定め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 高田健一 志田博文)

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